|
お盆休みの最終日の8月17日、佐川美術館に行きました。 この美術館は滋賀県守山市にあります。京都からのアクセスは、国道9号線を通って滋賀県に入り、湖西道路で堅田まで行って琵琶湖大橋を渡ると、守山市に入ります。そこから2〜3分ほどで到着します。 外観はちょっとギリシャ建築みたいで、なかなか洒落ています。周囲は浅いプールに囲まれていて、いかにも涼しげです。 展示物は佐川急便の会長のコレクション(平山郁夫氏の日本画と佐藤忠良氏の彫刻)が中心です。昨年、新たに楽吉左衛門氏の焼き物を展示する新館がオープンしました。 平山氏の絵画は大作も3〜4点ありますが、シルクロードを旅したスケッチがほとんど。スケッチの一枚を模写しました(現場でしたのではありませんよ。絵葉書を買ってきて、家で模写したのですから、念のため)。 佐藤忠良氏の彫刻はブロンズで、ほとんどが若い女性の裸体か半裸体。デッサン力が確かなので、肉体の存在感が圧倒的です。スケッチは「帽子・夏」という作品。 楽吉左衛門氏の新館は、内部の照明を極度に落としているので、非常に暗い。そこに黒い楽焼の茶器を展示しているのですが、最近視力が悪くなった僕には非常に見難く、目が疲れました。薄暗いのが演出なのでしょうが、せめて自然光を少し落としたくらいの照明があっても良かったのではと思いました。 さて、これ以外に企画展として葛飾北斎展が開催されていました。実はこれが見たかったのです。 今回の北斎展は富士山がテーマです。数多い作品のなかで、富士山を描いたものばかりを集めています。 北斎の富士というと、「「富嶽三十六景」が有名です。今展示でも「富嶽三十六景」はもちろんのこと、「富士百景」という白黒刷りの冊子の挿絵(もちろん木版画)も展示されていました。これだけ数多くの北斎の作品を(しかも富士山という1つのテーマに絞って)間近に見られる機会はそうそうありません。 展示作品には堪能しました。多色刷りの「富嶽三十六景」は言うまでもなく素晴らしいのですが、僕はむしろ白黒の「富士百景」の方が凄いと思いました。色の誤魔化しが利かない分、線による描写力だけで勝負しているからです。 北斎の作品は模写する気になれません。完成されているので、模写をしてもオリジナルに叶わないのが分かっているからです。 たとえば「「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」。あの大浪は誰もが絶対一度は見ているでしょう。これは北斎の作品の中で最も有名な作品です。 この波は大胆にデフォルメされています。輪郭を縁取るラインはきわめてシンプルだし、色も3種類しか使っていない。だからこの波は現実の波とは程遠い。それなのに、これは波以外のなにものでもない。見ていると、まるで音まで聞こえてきそうな気さえする。何故か。それは、北斎は波の細部をリアルに描こうとしたのではなく、波という現象がもたらすイメージをデザイン化しているからです。 こういう作品は模写の仕様がありません。模写というのはコピーではない。オリジナルの特徴を抽出し、それをデフォルメして描く作業だと、僕は考えます。だから、模写はオリジナルそのものではなく、あくまでも描き手の目に写った姿なのです。 北斎の作品は波というものを一度デフォルメしています。それはこれ以上のデフォルメをする余地がない。それほどに完成されたデフォルメなのです。 「山下白雨」にも同じことが言えます。ここで描かれた富士山の赤黒い山肌の放つ強烈な存在感。そこからは雨の降る前の夏の熱気や、焼けた岩肌の灼熱感までが感じられます。そして背後で極端に様式化された雲。この一見相対する画面の構成要素が一枚の絵になった時に醸し出す不思議な調和。 この絵を見て、僕はいつも「何なんだ、これは」と思ってしまいます。こんなに矛盾だらけなのに、その矛盾が見事に調和して、こうでなければならない作品になっている。茶々を入れる隙がない。完全にお手上げです。 というわけで、それぞれの作品の絵葉書を載せておきます。下手な僕のスケッチなんかより、こっちの方がよっぽど良い。 代わりに北斎最晩年の似顔絵の模写を添えておきます。こちらは僕が描きました。 「北斎 富士を描く」展は8月24日まで。 詳しい情報は佐川美術館のHPをご覧ください。 |
| << 前記事(2008/08/18) | トップへ | 後記事(2008/08/18)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/08/18) | トップへ | 後記事(2008/08/18)>> |