|
昨日(8月16日)の午前中、お寺さんがお参りに来られました。仏壇でお経をあげていただき、お話をしていただいた後、ご住職はそそくさと次のお宅に向かわれました。何でも一日で6軒も回らなければならないそうです。大変ですねぇ。 下の写真はうちの仏壇です。押入れを改造していて、襖を開けると中が仏壇になっています。子供の頃から仏壇はそういうものだと思っていましたが、他所のお家に上げていただくようになって、うちの方が珍しいのだと気付きました。 午後から左京区岡崎にある細見美術館に行って、「インドネシア更紗(さらさ)のすべて」展を見て来ました。とても面白かったです。 更紗とは木綿生地に細かい柄を蝋結で染色したもので、インドネシア諸島が発祥地です。柄は花や植物、動物などから幾何学模様まで実に多彩です。そうした柄を非常に細密に、多色で染色するので、芸術品と言っても良い仕上がりになります。 インドネシア諸島は大小あわせて1000以上の島から成立していて、それぞれの島で生活様式が異なります。だから更紗も、それぞれの土地の需要に応じて発展していったため、非常にバラエティに富んでいます。 インドネシアは今日に至るまで王室が存在します。更紗の中でオーソドックスなタイプは、王室の保護のもとに発展しました。王室が儀式で用いる衣装に更紗を用いたのです。王室用更紗の柄は幾何学模様が多く、金糸が用いられます。王室用の柄には一般人使用禁止というものもあるそうです。 庶民が用いた更紗は、地域性が反映されています。農村と漁師町、都会と田舎、貿易港と内陸地ではすべて柄や色の好みが違います。柄が非常に細かいもの、素朴なもの、赤を基調にしたもの、青を基調にしたもの。イスラム系が多い地域ではコーランを染めているし、中国人が多い地域では中国風の柄。ヨーロッパに輸出するものは人気の花柄等々…。非常にバラエティに富んでいます。 このように、インドネシア更紗は、インドネシアの地理や歴史のすべてを内包していると言えます。そうしたところが僕にとって非常に面白く、興味が尽きませんでした。 日本に更紗が入ってきたのは、安土桃山時代にジャワと交易していた商人が持ち帰ったのが始まりと言われています。江戸時代には東インド会社を通じて輸入され、その華やかで美しい柄が高級品としてもてはやされました。蝋結の染色法は京都の友禅染に影響を与えたと言われています。 大正から昭和初期にはインドネシア諸島は日本の植民地となったため、日本人が更紗会社を設立し、更紗の生産に乗り出したという歴史もありました。 今でも、更紗を和服の帯に用いたりしますが、それほど我が国とインドネシア更紗の関係は深いと言えます。 この展覧会は、国士舘大学の戸津正勝教授のコレクションによって構成されています。戸津教授はアジアの地域文化の研究が専門ですが、特にインドネシアに造詣が深く、研究目的で度々訪れました。その際、教授は京都の西陣が出身ということもあって、更紗に興味を持ち、各地の更紗を購入してきた結果、コレクションは3000点になりました。今回はその中で、特に優れた品を選んで展示されています。 展覧会は9月15日まで。お時間があれば、ぜひご覧になって下さい。 詳しくは細見美術館のサイトを参考にしてください。 http://www.emuseum.or.jp/ |
| << 前記事(2008/08/16) | ブログのトップへ | 後記事(2008/08/18) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/08/16) | ブログのトップへ | 後記事(2008/08/18) >> |